Tutteli、ありがとう。
昨日28日の朝、成田に届いた最後のミルクたちは、
通関から配送までを一手に引き受けてくださった、
「S35盛小卒同級会関東チャプター」の新沼氏と
そのお仲間たちの手によって、本日、大船渡に到着します。

その新沼氏から昨日、ご丁寧なメールとお写真をいただきました。


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皆様のお志、遠き日本で受け取りました。
いろいろな方のご支援により、この日を迎えることができ感謝致しております。
一箱一箱に書かれたメッセ-ジを見たら、思わず胸が詰まってしまいました。
明日29日に大船渡への輸送行、そして30日に互助団体にお届けします。
では行って参ります。

新沼 岩保 拝

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新沼さん、どうぞ宜しくお願いいたします!!


さて・・・本日はちょびっと語らせてください。(笑)


私たちの活動は、粉ミルクを簡単には作れない被災地に
少しでも助けになればという趣旨で、Tutteliを送りました。
決して、Tutteli企業の回し者でもなければ、
母乳を差し置いて、調整済みミルクの推進派でもありません。


母乳

これが育児の中でどれほど大切なのかは、私たちも
よ~くよ~く分かっていますから。


pomo殿を母乳で育てられなかった私・・・

赤ちゃんを産んだら、母乳は絶対に出るものだ、と全く
信じて疑いませんでした。
我が子を抱っこして、母乳をあげるのを楽しみにしていました。


でも、産後すぐ、それが出来ないと分かった時、
自分は母親失格、母乳を飲めない娘に申し訳ない気持ちで
私は毎日泣きました。

産後の病院でも、機械を使っておっぱいを絞りました。
でも、出てもせいぜい20mlほど。
だからpomo殿は、病院の冷蔵庫に保管してある、
別のお母さんの母乳をもらって飲みました。

あれはショックだったな~。


そして、痛いんですよ、おっぱい絞るのって。

ちち牛になった気分。(^_^;)


毎日毎日、母乳を出す努力をしました。
産後、何ヶ月か経ったら出ることもあると聞いたので、
頑張り続けました。


でもやっぱりダメ。

もう、究極に落ち込みました。
自分は最悪な母親なんだ・・・って。



そんなある日。
検診で保健婦さんが言ってくれた言葉に、心が救われました。

「努力しても出ないのなら仕方ない。今の市販のミルクは、
母乳とほとんど代わらないぐらいに栄養価が高いから大丈夫。
私の子供たちも、その市販のミルクで育てたよ!」



目の前が明るくなりました。
市販のミルクでも、pomo殿は元気に育てられる。
母乳が出ないことに、イジケてる暇があったら、
もっと別のことで育児を楽しもう!とやっと思えるようになりました。


被災地では、精神的ストレスで母乳が出なくなっている
お母さんたちもいらっしゃると聞いています。

私が、このTutteliに助けられたように、
日本のお母さんたちが、少しでもこのミルクに支えてもらえたら・・・


そう願ってやみません。
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by joulupulla | 2011-04-29 15:40 | TTJ 被災地ミルク支援
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