あの日のこと・・・
阪神大震災から、今年で16年になるのですね。
私はまさに、その大地震を経験しました。

その頃の私はまだ独身で、ピアノ演奏の仕事をしながら、
武庫川という川沿いの尼崎市で一人暮らしをしていました。
そして、私の祖母は、そのすぐ近くで同じく一人暮らし、
私の両親と弟は、千葉県に住んでいました。


地震発生の日のことは、今でもハッキリと覚えています。
突然に、ドーンと、まるでエレベーターで落ちたような感覚を覚え、
夢かと思って、ベッドから飛び起きました。
と、同時にご近所さんであろう女性の悲鳴も聞こえて・・・

我が家の大きなテレビは、台から落下。
冷蔵庫の中身は全て外に放り出され、
食器棚の中の食器も、こなごなに床の上に散乱していて、
一体何が起こったのか???
その時はまだ何も理解できていませんでした。

そしてショックだったのは、玄関から外に出てみたら、
目の前に立っていた古い木造のアパートが全壊し、
今までの風景とは、全く別世界のようになっていたこと。

私は慌てて、近くに住む祖母に電話をし、安全を確認。
とりあえず、自分の必要品だけをまとめ、すぐにそれから
祖母の家で一緒に過ごすことにしました。


電気は意外とすぐに使えたと記憶していますが、
水とガスが全く使えない生活。
電話は混線状態で、ほとんど繋がらない。
スーパーマーケットの棚は空っぽで、何も商品が残っておらず、
人々は残り少ないパンや缶詰などを取り合いしている、
まるで戦場のような光景。

別の市からの救援の水をもらうために、寒い中、何時間も
長蛇の列に並んだこと、
枕元には、すぐに避難できるように、必需品だけを詰めた
スポーツバッグを置き、余震にビクビクしながら熟睡できなかったこと、
色んな情景が、鮮明に思い出されます。


その当時の私は、身分不相応なブランド志向で、
洋服や食器など、高価なものにもお金をつぎ込んでいました。
でも、避難用のスポーツバッグを準備しながら、
「こんなブランドの洋服なんか、持って逃げられない・・・
高価な食器は、ほとんど割れてしまった・・・
私は今まで、何にお金をつぎ込んでいたのだろう・・・
今、自分が一番欲しいものは、水、食べ物、お風呂に入ること、
そして、安眠できること・・・」
と思うと、本当に悲しく、それまでの自分に対して、
残念な気持ちになりました。


また、たくさんの人々からの暖かい支援もありました。
茶道・華道の先生だった祖母のために、
「先生、少しですが食べてください」
と言って、貴重なパンを持ってきてくださる生徒さんがいたり、
私が演奏をしていた大阪のピアノラウンジのマスターは、
水のペットボトルを持たせてくださったり。


そして、震災発生の数週間後には、なんとか祖母と共に、
千葉の両親の元へと避難することができました。



この震災で犠牲になられた全てのみなさんのご冥福を
心からお祈りします。
そして、身体も心も傷ついた多くの方々が、少しずつでも
癒され、穏やかな生活を送られていることを、願っています。
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by joulupulla | 2011-01-17 15:42 | Muut その他いろいろ
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